さんち大辞典 [ ひ ]
尾州ウール

Bisyu-Wool
尾州ウール 尾州|愛知県尾張西部~岐阜県西濃地域

ウール

尾州ウールのきものとは?

身体になじみやすく、
シルエットが美しい
洗練されたきもの

 尾州ウールのきものは、世界三大ウールさんちのひとつである尾州(愛知県尾張西部~岐阜県西濃地域)で、木曽川の豊かな軟水を使ってつくられた天然繊維“ウール”のきものです。ふっくらとした柔らかな肌ざわりと美しい光沢が特徴で、身体になじみやすく、動いてもキレイなシルエットを保ちます。また、洋服の生地のような洗練されたチェック柄やストライプ柄のデザインが多く、カジュアルにおしゃれを楽しめます。なお、尾州ウールのきものには、ウール100%のものや、ウール糸とシルク糸を混合して織り上げたものもあります。

尾州ウール

 尾州ウールのきものは、世界三大ウールさんちのひとつである尾州(愛知県尾張西部~岐阜県西濃地域)で、木曽川の豊かな軟水を使ってつくられた天然繊維“ウール”のきものです。ふっくらとした柔らかな肌ざわりと美しい光沢が特徴で、身体になじみやすく、動いてもキレイなシルエットを保ちます。また、洋服の生地のような洗練されたチェック柄やストライプ柄のデザインが多く、カジュアルにおしゃれを楽しめます。なお、尾州ウールのきものには、ウール100%のものや、ウール糸とシルク糸を混合して織り上げたものもあります。

尾州ウールのきものの魅力

  • シワになりにくく、しなやかで
    身体にきれいにフィットします

  • ふっくらとした柔らかな肌ざわりと、
    優れた保湿性・吸湿性が特徴の生地

  • 現代の街並みに映えるデザイン性

尾州ウール スタイル1

さんちの風土

さんち|尾州:
愛知県尾張西部〜岐阜県西濃地域

世界三大ウールさんちの1つで、
国内シェア約6〜7割を誇る国内最大のウールさんち

 「尾州」さんちは、愛知県尾張西部地域(一宮市・津島市・稲沢市・江南市など)と、岐阜県西濃地域(羽鳥市・大垣市)にかけて広がる地域で、日本国内のウール(毛織物)生産量の約6〜7割を占める国内最大のウールのさんちです。尾州は、イギリスのハダースフィールド、イタリアのビエラと並び、「世界三大ウールさんち」と称される世界的さんちで、海外のラグジュアリーブランドからも高い信頼を得ています。

<世界三大ウールさんち>

日本
尾州|愛知県尾張西部・岐阜県西濃地域

尾州|愛知県尾張西部・岐阜県西濃地域

日本国内のウール生産量の約6〜7割を占める国内最大のさんち。撚糸・染色・製織・整理加工にいたる全工程を地域内で完結でき、職人により生み出される高品質な生地は世界的にも高く評価されています。

イギリス
イングランド北部|ハダースフィールド

イングランド北部|ハダースフィールド

ハダースフィールドは、イングランド北部のウェスト・ヨークシャーに位置します。18世紀の産業革命以降、ウール産業の中心地として発展し、高級テーラーやラグジュアリーブランドから高く支持されています。

イタリア
イタリア北西部|ビエラ

イタリア北西部|ビエラ

ビエラは、イタリア北西部のピエモンテ州に位置するさんち。アルプス山脈から流れる豊富で良質な水に恵まれ、中世のころより産業として発展してきました。ビエラには世界的な服地メーカーが集まっています。

世界有数のさんちとなった訳

01|木曽三川の豊富で良質な水資源

 「尾州」さんちが何故、世界有数のウールのさんちとして栄えたのか、その理由は諸説ありますが、ひとつには、尾州を流れる木曽川の豊富で良質な水資源といった地理的要因が挙げられます。ウールの生産には、洗浄や染色、仕上げなど多くの工程で大量の水が必要です。尾州には、「木曽川・長良川・揖斐川」という“木曽三川”が流れており、その水質は、硬度が低く、鉄分が少ない「軟水」です。硬水の場合、染色時に染料が均一に入らず色ムラの原因になりやすいといった特徴がありますが、尾州を流れる木曽三川の「軟水」は、ウールの染色にも適していました。

木曽三川

02|濃尾平野のウールに適した湿潤な気候

 ウールは、乾燥すると繊維が損傷しやすいといった特徴があり、ウール生地の生産には、一定の湿度が品質管理には欠かせません。尾州さんちである「濃尾平野」は、年間を通して平均約60%ほどと湿度が高く、湿潤で温暖な濃尾平野はウールの生産に適していました。

03|伊勢湾と木曽三川の「物流」

 木曽川は、濃尾平野を流れて伊勢湾に至ります。伊勢湾は、ウールの原料となる羊毛の輸入や製品の出荷の玄関口として栄えました。尾州へは、伊勢湾から木曽三川(木曽川・長良川・揖斐川)を通して往来し、物流の要衝として地理的な優位性がありました。

ちょっとブレイク♪

きものの生産に欠かせない「水資源」

・さんちと水の関係

きものの生産には、染色や仕上げなど、多くの工程で「豊富な水」が不可欠です。尾州ウールが、木曽三川(木曽川・長良川・揖斐川)という自然の恩恵を受けているように、他のきものさんちをみても、それぞれのさんちには「川」が必ず存在しています。きもののものづくりに深く関わっている、そのさんちの「風土」に想いを馳せながら、お気に入りのきものをお召しになるのも楽しいものですね。

<きものさんちを育んできた“川”たち>

最上川

米沢さんち


[最上川]山形県民の母なる川

信濃川

新潟さんち(十日町・小千谷)


[信濃川]日本一長い川

神田川

東京さんち(江戸小紋)


[神田川]江戸小紋に欠かせない川

鬼怒川

結城さんち(結城紬)


[鬼怒川]古くは衣川・絹川とも

琵琶湖・愛知川

近江さんち(近江縮)


[琵琶湖・愛知川]鈴鹿山系の恵み

筑後川

久留米さんち(久留米絣)


[筑後川]九州最大の川

さんちの歴史

時代と共に変化しつづけた
さんちの歴史

古くは奈良時代まで遡ります

 木曽三川の恵みによる濃尾平野の豊かな土壌では、麻や桑がよく育ち、麻や絹織物が朝廷への貢納品として送られていたことが、奈良時代の文献(正倉院の尾張国正税帳)に記録として残ってます。
 江戸時代中期頃になると、尾州では農家の副業として綿花栽培と綿織物の生産が盛んに行われるようになり、名古屋などの大市場へ出荷、日本屈指の織物さんちとして発展しました。尾州の綿織物は、明治17年(1884年)には、大阪に次いで全国第2位の生産量を誇ったと言われます。

震災を乗り越え、綿織物から
ウールの生産へシフトチェンジ

 綿織物で栄えた尾州でしたが、明治24年(1891年)10月28日、マグニチュード8.0という日本内陸部最大級の地震「濃尾大震災」が綿織物産業に壊滅的な打撃を与えました。濃尾大震災により綿花の栽培が困難になっただけではなく、機織機具などもことごとく損壊したといわれます。この復旧には、新規開業と同様の費用と労力が必要になるのに加え、当時、安価なインド綿花の輸入が始まり、安い綿布が市場進出してきたこともあり、従来通りに綿織物を復旧させても難しい状況でした。そこで、何か綿織物に代わる産業を、と模索し、時代の流れを読んで「ウール」の生産へとシフトチェンジしたのです。

 この大変換の立役者が「毛織物の父」と呼ばれている「片岡春吉」氏(1872年〜1923年)。片岡春吉氏は、綿織物が主軸であった時代から既にウール産業に目をつけ、独自に研究を重ねていました。震災等により綿織物の衰退が表面化すると、すぐに当時の産業組合の支援を得て私財を投じながら、ドイツとイギリスに渡航し、高品質なウール生地の生産背景を徹底的に視察しました。片岡春吉氏、最大の功績は、尾州を「木綿のさんちから、ウールのさんちへシフトチェンジさせたこと」、「尾州で一気通貫の分業体制を確立したこと」が挙げられます。

第一次世界大戦の国産需要の高まりで、
ウールの一大さんちへと飛躍

 大正3年(1914年)に第一次世界大戦が始まると、海外からのウールの輸入は途絶え、その一方で、国産品愛用が唱えられたことにより、国内生産への需要が高まりました。そうした背景の中、尾州でのウールの生産は、わずか5年で20倍へと激増、国内生産のシェアも約7割を占めるほどになり、国内でのウールの一大さんちとしての地位を確立していきました。

一気通貫の分業体制を確立した尾州さんち

 ウールの一大さんちとして地位を確立する背景として、「一気通貫の加工技術の集積」が挙げられます。尾州がウールの生産へとシフトチェンジした当初は、製織はできても、染色や整理・仕上げなどができる専業工場がさんちにはなく、当時の機業家は、京都の工場まで生地を運んで仕上げていました。毛織物の父と呼ばれる片岡春吉氏らは、染色や整理・仕上げの技術を、尾州さんちの機業家たちに伝授してまわりました。こうした努力が身を結び、さんち内で原料(輸入羊毛)の受け入れから「糸づくり(洗毛・紡績・撚糸)」から「染色」「製織」、「整理・仕上げ」に至る全ての技術が一気通貫でできるようになりました。これが、尾州さんちの「強み」であり、今日、世界三大ウールさんちとして称されるまでになった礎でもあります。

昭和のガチャマン景気で最盛期に

 1950年に勃発した朝鮮戦争での軍服生産などの特需もあり、昭和30年代ころには「ガチャンと織機を一度動かすと万(マン)の金が儲かる」という意味の「ガチャマン景気」という言葉が生まれるほどの好景気を迎え、生産も最盛期を迎えました。このピーク時には、ウール生産関連企業は、約4,000社ほどあったと言われていますが、現在は約100社ほどにまで縮少しています。特に、整理加工関連の工場は、さんち内でもわずかとなっています。

ちょっとブレイク♪

ガチャマン景気と
名古屋のモーニング文化

・機織り機の喧騒から生まれた
「モーニング文化」

 1950年に勃発した朝鮮戦争での軍服生産などの特需もあり、昭和30年代ころには「ガチャンと織機を一度動かすと万(マン)の金が儲かる」という意味の「ガチャマン景気」という言葉が生まれるほどの好景気を迎え、生産も最盛期を迎えました。ガチャマン景気に沸く尾州・一宮では、機織の音が鳴り響く工場内での商談が難しく、近所の喫茶店が応接室代わりになっていました。毎日喫茶店に来店する常連の織屋さんへの感謝として、とある喫茶店のマスターがコーヒーにゆで卵とピーナッツを添えたのが、現在、名古屋を中心にトーストやゆで卵が無料でついてくる「モーニング」の始まりと言われています。

モーニング文化

「ウール」素材について

ウールとは?

 ウールとは、「羊の毛」を原料としてつくられる天然繊維です。ウールの中でも、メリノ種と呼ばれる羊からつくられた「メリノウール」は白くて細く、柔らかで繊細な風合いを持ち、高級ウール繊維として世界中で生産されています。ウールの主な産出国は、気候に恵まれたオーストラリアやニュージーランドです。
 また、ウールは、天然繊維の1つですが、麻や綿が植物から糸をつくる植物繊維であるのに対し、ウールは、カシミヤやアンゴラなど動物の毛(獣毛)からつくられる「動物繊維」に分類されます。ウールは一般的なセーターやスーツ、ストールなどでもよく使われており、私たちにとっても身近な素材の1つです。

ウール素材の特徴

ウール素材
  • 保温性と吸放湿性に優れています

    ウールは、繊維に「クリンプ」と呼ばれる「ちぢれ」があり、その縮れの中にたくさんの空気を含みます。そのため、冬は温かく、夏は汗をかいても湿気を逃すためムレにくいといった特徴があります。また、吸湿性にも優れ、さらにはそれを放湿してくれます。この吸湿性と放湿性は、綿素材(コットン)の約2倍程度とも言われています。

  • 伸縮性に優れています

    伸縮性にも優れていることも、ウールの特徴の1つです。ウールの構造は、繊維が複雑に絡み合っており、引っ張ると伸び、離すともとにもどる力が働きます。そのため、着脱しやすく、着た時のシルエットが美しいです。

  • シワになりにくい

    ウールの繊維を顕微鏡で見ると、繊維の1本1本はバネのようにコイル状になっており、折り曲げられたあとでも、元に戻ろうとする力が働きます。このように、ウール生地は弾力性と反発性を有するため、シワになりにくいといった特徴が挙げられます。気になるシワが発生した際は、スチームアイロンなどの蒸気で湿気を含ませ、手でシワを伸ばすと良いでしょう。

  • 汚れがつきにくい

    ウールの繊維のまわりには、人の髪の毛のキューティクル同様、エピキューティクルとよばれる薄い膜があり、その成分が水をはじく性能を備えています。また繊維自体の水分保有量が高いため、静電気も起きにくく、チリや埃を寄せつけにくいといったメリットもあります。

  • 抗菌・消臭機能を備えています

    ウールには、天然の抗菌性能が働き、ニオイが発生しにくいといった特徴があります。

  • 地球にやさしい素材として注目

    ウールは、ケラチンという天然タンパク質でできており、土に埋めるとバクテリアの増加に伴い土に還ります。こうした観点から、地球にやさしい素材としても注目されています。また、ウールは最も再生リサイクルされている繊維とも言われ、エコ視点からも注目の素材です。

    ウール素材 糸
  • デメリットは「水洗いNG」&「虫食い」

    ウールは、基本的に水洗いには不向きです。誤った方法で洗濯を行うと、ウールが濡れた状態で揉まれて繊維が絡みあい、縮んだり、硬くなったりなど、生地に影響が生じる場合がありますので気をつけましょう。また、「毛玉ができやすい」こともデメリットとして挙げられます。お手入れの際は「ドライクリーニング(京洗い)」に出すことをおすすめします。また、ウールは天然繊維なので、保管中に虫に食べられてしまうこともあります。とくに汚れが付着したままの場合は、虫に狙われやすいので、しっかりと汚れを落として保管すると安心です。

PICK UP|
三星毛糸株式会社

明治20年創業の老舗
「三星毛糸株式会社」

 きものやまとが展開する尾州ウールのきものは、明治20年(1887年)に創業した老舗毛織物メーカー「三星毛糸株式会社」にて製作されています。三星毛糸株式会社は、日本最大のウールさんち尾州の「岐阜県羽鳥市」を拠点に、世界の一流ラグジュアリーブランドからも高く評価される高品質なウール生地や、自社ブランド製品を展開しています。

三星毛糸株式会社

 その歴史は古く、明治20年(1887年)にまで遡り、岩田志ま(初代)により綿の艶つけ業として創業しました。明治39年には、「艶利」と称して「尾州縞」の艶付業を手がけ始め好評を博しました。このように創業当初は「綿」素材を中心に扱っていましたが、昭和6年(1931年)に、毛織物染色整理加工業へと発展、戦後、昭和23年(1948年)には、三星毛糸株式会社設立に至ります。昭和43年(1968年)には、今の上皇上皇后両陛下が三星毛糸を訪問されるなど、尾州ウールの一流メーカーとして評価されています。

 また、現在は、伝統を守りつつも、自社ブランドの展開や、ウール製品の循環プロジェクトなど、新しい挑戦もつづける革新的な企業としても評価されており、2015年にErmenegildo Zegna(エルメネジルド ゼニア)のMade in Japan Collectionに選出され、さらに、2019年には、「ジャパン・テキスタイル・コンテスト」でグランプリを受賞するなど、海外からも高い評価を得ています。素材の特長を引き出した高品質な生地は、国内だけではなく、世界のラグジュアリーブランドへも提供しています。

岐阜県羽鳥市にある、三星毛糸株式会社社屋。
岐阜県羽鳥市にある、三星毛糸株式会社社屋。
実にさまざまなテキスタイルのサンプルがズラリと並びます。
実にさまざまなテキスタイルのサンプルがズラリと並びます。
社屋には、羊毛に関するさまざまな資料やサンプルがいっぱい展示されています。
社屋には、羊毛に関するさまざまな資料やサンプルがいっぱい展示されています。
三星毛糸株式会社 創始の岩田志ま氏肖像画
三星毛糸株式会社 創始の岩田志ま氏肖像画
三星毛糸株式会社5代目 代表取締役社長の岩田真吾氏
三星毛糸株式会社5代目
代表取締役社長の岩田真吾氏
社屋には、色々なところに可愛い羊がいます。
社屋には、色々なところに可愛い羊がいます。

ものづくり動画|織り

 三星毛糸株式会社では、製造から何十年も経つ織機を今も丁寧に使い続けています。古い織機は、故障しても部品は流通していません。そのため、織機の修理も自分たちで行います。織りは、レピア織機とよばれる広幅の織機を用いて織り上げていきますが、その際には、糸切れや糸抜きといった細かな不具合も見逃さないよう、人の目でチェックをしながら織り進めていきます。

【さんち|岐阜県 羽鳥】
尾州ウール ものづくり動画 織り編

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